緩和ケアと観相学・不調に克つ顔や体(8)頂光★ヒールエナジー

全体も箇所も人の顔や体には適正な色がある。
適正色と違う時、人は不調を口にする。

前回女性の為の観相学(13)で色の事を少し触れました。

「私と関わる人に、顔と足を見る事で、
癒しを感じてもらう事が出来るようになりたい」

観相学の生徒さんの言葉を聞き、
下肢のだるさのある男性の話を残しておこうと思います。

緩和ケア病棟は癌を持つ患者さんの病棟です。

足を触ると体が熱く
「朝、看護師さんに測ってもらうと少し熱があると言われた。
今触ってもらうと、ほんまにそやな。熱いのがわかるわ」

熱がある事を触られる事で確認される70代男性がいました。


この日は施術を受ける準備を男性自らが行い、
寝る位置を変え腹に手を置き、
普段は話好きの方ですが熱のせいか、
静かに施術を受けウトウトされておられました。

足を触るとは
血行促進の意もあり、放熱を誘う意もあります。
放熱され触れ合う温度が同じ位になると、
本来の体の色が足には現れます。
ほんとうに悪くなる前に表れる血色というものがあり
末梢にそのことが表れる事があります。
ウトウトされていた時、男性の末梢にもそのことが現れていました。

教科書には書いていないから伝わらずになっている大切な事はあります。
体はサインを私達に送ってきます。
でも知らないとキャッチできない事があります。
顔も同じです。

「後20年頑張らないとあかんし、先生も20年続けてや」

という経営者さんが
「やり続ける事。毎日やる事。やな!」
現場に居続けないと知れない事があると言われます。
この言葉同感します。

観相学では予知として顔色を教えますが
講座では同時に体の色を図で見てもらいます。
その事は「顔と体の繋がり」を見て興味を持ってもらうためです。

ここでは足の末端を「自己免疫の場所」と伝えます。
ここに来ている皆さんは施術で体験でご存知の場所です。
予防とは不調に克つと言える行為。
予防のためいつもここでは足の確認を行っています。

昔。生徒の時期が私にもありました。
今は「其々周りの方の役に立つ事に顔の知を使って頂きたい」
教える側となりそう思っています。

女性の為の観相学・顔色・体色(13)@頂光・ヒールエナジー

鼻頭の赤み膝下脛骨上の青み
赤も青も血行が悪い事からくる現象。

全体も箇所も
人の顔や体には適正な色がある。
適正色と違う時、人は不調を口にする。


「毎年この時期鼻が赤くなる。目立つから今は人前には出ないでと言われ、皮膚科で薬をもらうが治ってない」と初めに言う社長さん。
「浮腫むと本当に重量として重くなるもんね」と終わってから言うアトピー体質の看護師さん。
浮腫みや顔色の異変。
適正に戻る際の過程でしか実感からしか出ない言葉。
「あ、あー。下に血が巡ってます」終わってから足を撫でる子宮頸がんを10年前患った女性。
血行促進が目的で来ている人達の、先日の話です。


そういえば先日からお問い合わせ頂いている「本」の話。
なんと出版日が遅れております。
2月に原稿入稿しているので、皆に言ってますけど、気分下がり⤵⤵下がりです。


その原稿内に「平均的な顔をイメージし人は見分けている」の記載があります。
色を「イメージし見分けている」は、
平均的血色との違いを比較し見ている事のことです。

そして「平均的な顔」は美醜の延長にある顔の事だけでしょうか。
いいえ「平均的な顔」を人はそれぞれに持っています。
その人ならではの適正な「平均的な顔」を常に自分のものとする発想を持っていないだけです。
適正を自分のものにする見方は「不調に克つ顔や体」に繋がります。

「顔は肉体全体の縮図である。同時に内分泌や胃腸や神経系の活動状態を反映している。
~~賢明な観察者から見れば人間はみなその顔に自分の肉体や精神の明細書を看板のようにかけているのである」
ノーベル賞受賞者 医師で実験生学者 アレクシス・カレル


観相学とは、

統計以前の自然に出てくるものや外見を含むものを見る学。
「正しく顔の事、沢山の人が知ってくれるといいな」と思うため、
観相学講座は、
生徒さんを取り巻く環境にあわせ行っています。

女性の為の観相学・人相と観相学(12)@頂光・ヒールエナジー

私は「働く人は顔を知ってほしい」と常に思っています。

働くに値し、
4割は自分の意志でやり
6割は自分の意志でやっていない。
との統計もあるようです。

働くと色々なステージがあります。
働くなか環境は必ず変化します。

ステージで会う人が変わり自分も変わる。
ステージが変わると主観と客観と客観的事実との対自があり、
あるレベルより上か下かのラインを越えられるように考える時がくる。

当方に来る生徒さんの多くは、
今、自分が歩んでいるキャリアの中で、
どの方向に進めば自分の素材をより大きく育てられるのか。

自分の視野の広がりから問題解決能力を高める
もう一つは根っこを見て意味ある違いを観る
イデアがあれば文字にして具体的な形にしていく
作業を通して、自分の本当の強みを知り、その違いを大きくしていきます。

働くに値し自分の意志でやっているから、
働いているから色々なステージがあるから、
だからこそ顔を知りに来ています。

顔を知るとは自分を知り相手を知る事

以前生徒さんから
「人相と観相学の違いは何?」と質問がありました。
その頃まだご存命だった師に確認をすると

人相とは、
表面的な物を見る事で統計学
観相学とは、
統計以前の自然に出てくるものや外見を含むものを見る学。
と答えをもらいました。

教える側は顔について
・助言
・経験
・ノウハウ
・機転

「知的資力」で役に立つ事ができます。

働くとは色々なステージがあります。
顔にまつわる生活の知恵はどんな人にも役に立ちます。
観相学とは心の動きに遡り考えた学問です。

「働く人には顔を知ってほしい」とは
人の勉強は人生に必要な事と常に思うからです。

緩和ケアと観相学・顔は合わせ鏡(7)@頂光・ヒールエナジー

心=行動
人は推測している
人は顔を見て推測している

病に気と書いて病気というように
体の異常だけでなく
気の持ちよう・心のあり方が病状を左右する。

病棟にて肩~背中に痛みのある男性
施術をする際、
イライラ・ピリピリした様子で
「足。下半身に感覚はない。今日は足なのか」「痛いのは嫌だ」
感覚はないと言う足への施術。
都度確認しながら進める中

「テレビも見てられない。一日の時間が長い」
今、午前10時だが「今は夕方の5時のようだ」
「時間はつぶれない」

男性は体勢を色々変えながら
「どうやっても痛い。変わらない」
「どこにも治まらない。色々しても無駄や変わらへん」


しばらくすると


「どの位ここでは、こんな事をしてはるんや」
~病棟が始まった頃からですね~
「先生が熱心なんや。研究してはるんや」
~う~ん(笑い)~
「先生が一日一回必ず来てくれる。先生の顔を見ると安心する」
「ここに来た時も、痛い時も、自分の事ばかりで、そんな時は他が見えてない。
余裕がない。
そしてドンドン余裕がなくなる」
~う~ん(笑み)~
「安心が気持ちに緩みを与える」
「看護師さん、ボランティアさんが笑ってくれる顔が、笑みを見る事で気持ちが緩む」
へと言葉は変化していきます。


思慮深さとは心を配る事(minding)
気遣う事(heading)
調子を合わせながら話をする事(caring)
哲学者 ハイデガー

minding→heading→caring→相手も同じように→minding→heading→caringとなる。

関係により現象する経験は
解釈により更新され
新たな意味が現れる。

安心するは信頼に繋がる。
信頼がもてない時には気持ちに緩みは現れない。

心=行動
人は顔を見て推測している。

笑いとは自分を愛する余裕と
人を信じる安心から生まれる。

心=行動
辛い人程よく見ている。
人は顔を見て推測している。

顔は合わせ鏡
やはり合わせ鏡


病棟から店に向かう車の中、帰りしな、
伝達が不十分だったなーと思ったので、
伝達と思想も含めの記です。

女性の為の観相学・顔の左右(11)@頂光・ヒールエナジー

京都ではお花見場所の1つに、八坂神社横の円山公園があります。
祇園界隈は飲食店の多い地でもあり観光地でもあり、
夜になると占いの人が所々に座っておられます。

行燈に「易・観相」と書いてあると
「人相ではなく観相か~。へ~」と。つい目にとまります。
卜筮者・相者(ぼくぜいしゃ・そうじゃ)と言っていたものが
1814年(文化11年)に易・観相に分類された。
風水と家相の歴史 著・宮内貴久 
の文が脳裏に浮かんだりします。

先日「目・眉の左右が違ってきた何故?」の質問がありました。
教えた中には占いで生計を立てる生徒さんもいるため、
行燈横にいるこの方は「質問にどう答えるのかな?」など思いながら、
通りすがりに見ていました。

目の開き。
それに伴う眉や目の動きと大きさ。
その際の左右。
目は心の窓。
得意の見方の癖がパーツの形を作ります。

観相学では顔の左右を知性・感性と観ます。
知性・感性。
どの観方を得意とするかが、パーツの形・開き・癖に表れます。

5~6月出版予定でいる文章中に、
人が感じたり直感する時
無意識の中の意識というものが私達に作用を与えます。
経験が分類され、
蓄積され、
観念ができ、
自分の基準ができます。
という文章があります。

大人になってからの
自己欲求に対する選択と集中を繰り返している際、
左の目・眉が、右の目・眉がと、
左右大きさが違って見えるようになる人もいます。

真実を見抜こうとする時
その人のもつ雌雄で見抜こうと人はします。

本物の情報を手に入れようとする時
真実を求める姿勢
無意識でその人独特の雌雄が顔に現れます。

その際の現れは
知で見抜く
本能で見抜く
そのような配線が特に優れている現れとも言えます。

その人にとっての本物の情報を得ながら判断し
前に進む形の表れ。
得意=癖とも言えます。

陰陽の考え。一昔前は特に、
陰=悪い
陽=良い
のイメージが先行しすぎ「よくないと聞いた」になるのではないかと、
本の文中、雌雄眼でも書きましたが、そんな事を思う事があります。


ヨーロッパ人相学  著・浜本隆志・相木治・森貴史
観相学 physiognomonia
語源的に言えば自然と知るを組み合わせたもの。
観相学とは外見(自然)とくに顔の特徴や身体の全体的相貌を観察することによって、
人の見えざる部分を知ろうとする学問または技術。

其々の場所で生徒さん達は
独自の強みを活かしながら
独自の技術に合わせ観相学を活用されています。

観相学は心を元気にする漢方薬のようなもの。
そう思い自分や他が得たい運が得られるよう良い方向に向かう知恵を得てもらう」
観相学・中級テキスト

「自分、特に自分の容姿は褒められても、けなされても、困惑をさそう」
ダーウィンの言葉

テキストを振り返り心理もわかり、
その上で又そして観相学を活用してもらいたいなと、
桜の時期、
新しい生徒さんのテキストの用意をしながら
以前の生徒さんを思い出し、思うのでした。

女性の為の観相学・ニキビ(10)@頂光・ヒールエナジー

ニキビの語源
「に」は赤さの丹。
「きみ」は穀物の黍。きび団子の原料の黍(きび)。
黍は実が熟すと先端が赤くなり、
その様子がニキビと似ている事から「にきみ」➡「ニキビ」
になったと言われています。

観相学の極意は3運(仕事運・金運・愛情運)を含む5運(人気運・健康運)を知り人生に活かす事。
その為観相学講座では「顔にまつわる事も必要」と知ってもらっています。

ニキビ。
美容で関心ある人が多いでしょうが、
体の不調、健康に関する事を知らせている場合もあります。

先日関西で20代の市長さんが誕生されました。
修正のかかっていないニュースの顔は他メディアより色々な情報を伝えます。
顔に詳しい人が観ると「ストレスかな。胃の調子は大丈夫かしら」
など箇所を特定する見方もします。
表情ではなく顔に出るニキビや色素の場所で、
体の不調・健康と繋がっている場所を見たりもするのです。

感情が顔の反応に表れたり
呼吸や心臓などの内臓反応に表れたりするのは
筋肉は内臓系筋肉と体壁系筋肉から構成され
顔は内臓筋が元で、臓器も顔も同じ発生起源をもつからです。
「顔は内臓の鏡」の意味。
顔を知っていると何となく理解する事ができます。

史上最年少の市長さん。
私が気になった場所は額の「ある場所」の色素沈着。
胃や消化器の健康に注意する時期。
またそれに関連する事に気付き「自愛しなさい」と顔が知らせている場所だからです。

同じ場所に私の主人もニキビが急にできたことがあります。
大人は普通2~3日でニキビは引きますが、
一週間~10日程続くので、
皮膚科ではなく内科・消化器系の受診をしてもらいました。
逆流性食道炎でしたが早めの受診だったので薬ですぐに治りました。

一般に「キビ」の発生時に赤味(炎症)の対応をしておけば
「ニ(炎症)」のついたニキビにはならずに済むものです。
でも「キビ」のような発疹が一か所に特定期間続く場合は、
案外内臓からのサインを顔を通し知らせている場合もあります。
知らず知らずのうちに体の不調促進に繋がる場合もあります。

若い時は基礎運である3運に意識は集中しますが、
40過ぎたら5運まで意識して鏡に映る顔を見てもらう。
忙しさにかまけて「気づき」を後回しにしない事も案外のちの大事になります。

現段階では題名等なにも決まっていませんが
初夏から仲夏ころを目指し
「顔にまつわる話の本」を出すことになりました。
本の中では観相学講座にて出逢った生徒さんの話も出しています。
観相学は「心の動き」に遡り考えた学問でもあります。
原稿は今は手元を離れ編集者さんの下に…。
先日清水富美加さんの本が数日で出版されましたが…。
今の私の歩・進みと比べるとあまりにも違い、スピードにビックリしかないですね。

緩和ケアと観相学・本「触楽入門」(6)@頂光★ヒールエナジー

触覚は人の心や思考を左右する
➡ある女性患者に接する中、この言葉に心が留まります。

音は発せれるが言葉として発せれない
以前とは違うもどかしい気持ち。
そして後に悲しい。

その女性は靴下の上げ下げの際に触る少しの感覚も苦痛を感じる人。
喋れない
動けない
苦痛は顔でわかる

本を探している時に「触覚」に関する事に気持ちが向き「触楽入門」という本を手にしました。
触➡楽。いいタイトルだなと。

先日3度目に会う女性患者さんは私の顔を見るなり驚きの目になり、
涙を浮かべ泣きそうな目になり、
泣き笑いの顔に移行し、
そして安定した顔で施術を受けていました。

靴下の脱ぎ着や少しの動きでも苦痛を訴える患者さんが
(ゆっくりだが)指や踝など動かしている状態でも気持ちよさそうにしている姿に、
認定看護師教育課程で同室担当で来て見ていた看護師さん達はビックリしていました。

状況は変わらないけれど、ゆっくりだけど、
初めお会いした時と違う事が、動きについてくる体と表情(顔)で私には理解ができるのですが、
数日見ている姿と違う事に看護師さん達は驚いておられました。

本の中に
触れることで生き延びる
触覚とは私達と他者を隔てながらも私達を守り慰める最後の一線。
~人間が深く自分の存在を確かめたい時に、触覚が大事になるのではないだろうか。
(…)「触れる」事が完全に心の接触になっているから我々も心動かされるのだ
河合隼雄の幸福論 PHP社」

という文章があります。

「触れる→実感→触れ合う」はループしています。
触れられている行為は自分を触れている行為にそのまま繋がる事があります。

そんなとき人は何か言葉にならないものを表現しようとしたりします。

「あー」や「おー」など感嘆詞がもれたり、
食い入るように顔をのぞき込む行動にでたり、
何とも言えない表情で表したり、
それぞれのパーソナリティにあった独特な表現を出します。

この女性は私が行う靴下の上げ下ろしの(物に触っている)時、苦痛の顔はされます。
でも触れる(触れ合う感覚)時に気持ちよさそうになるのは、
「自分がまだ世界と繋がっている」感覚を触覚で確認しているからなのかもしれません。
「触覚は人間の根幹を支える感性であるから」とも言える(顔)表現をしているとも言えるのではないかと理解しています。

付き添いをされている80代のご主人は
新聞を見ながらボソリと「なんでこんななったんやろ」と独り言を言われます。
同じ言葉の独り言。
原因を探してしまう思考からの独り言。
付き添いをされている男性側からよく聞く言葉です。

「なんでこんななったんやろ」
人はついつい原因に目がいきやすい生き物だけれど、
人にはやれたこと・うまくやれそうな事を探り・認めたり・膨らませたりしながら
ケアする時期は大事で、
目に見えない心に目を向け、自己治癒力を大切にする時・時期が人にはあると思います。
何を話したかではなく、話ながら時間を共有しながらで癒されていく時期もあります。

この方のお子達は皆さん地元を離れ交代でお母様の様子を観に、新幹線で行き来する生活をされているそうです。
私も転勤族の主人を持つので移動がつきもの。同じような状態です。

触➡楽
この方の話をここに残す事は、
案外家族も知らない小さなドラマがある事も知り、心の整理や共感に、
家族の新たな門出と再生そして癒しに繋がるといいな。
そんなふうに思うからです。


現段階では題名等なにも決まっていませんが
初夏から仲夏ころを目指し
「顔にまつわる話の本」を出すことになりました。
観相学は「心の動き」に遡り考えた学問でもあります。
原稿は担当者に出し今は修正待ち。
本が出来るまでの話などもここで話せればよいかなと思っています。