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緩和ケアと観相学・本「触楽入門」(6)@頂光★ヒールエナジー

触覚は人の心や思考を左右する
➡ある女性患者に接する中、この言葉に心が留まります。

音は発せれるが言葉として発せれない
以前とは違うもどかしい気持ち。
そして後に悲しい。

その女性は靴下の上げ下げの際に触る少しの感覚も苦痛を感じる人。
喋れない
動けない
苦痛は顔でわかる

本を探している時に「触覚」に関する事に気持ちが向き「触楽入門」という本を手にしました。
触➡楽。いいタイトルだなと。

先日3度目に会う女性患者さんは私の顔を見るなり驚きの目になり、
涙を浮かべ泣きそうな目になり、
泣き笑いの顔に移行し、
そして安定した顔で施術を受けていました。

靴下の脱ぎ着や少しの動きでも苦痛を訴える患者さんが
(ゆっくりだが)指や踝など動かしている状態でも気持ちよさそうにしている姿に、
認定看護師教育課程で同室担当で来て見ていた看護師さん達はビックリしていました。

状況は変わらないけれど、ゆっくりだけど、
初めお会いした時と違う事が、動きについてくる体と表情(顔)で私には理解ができるのですが、
数日見ている姿と違う事に看護師さん達は驚いておられました。

本の中に
触れることで生き延びる
触覚とは私達と他者を隔てながらも私達を守り慰める最後の一線。
~人間が深く自分の存在を確かめたい時に、触覚が大事になるのではないだろうか。
(…)「触れる」事が完全に心の接触になっているから我々も心動かされるのだ
河合隼雄の幸福論 PHP社」

という文章があります。

「触れる→実感→触れ合う」はループしています。
触れられている行為は自分を触れている行為にそのまま繋がる事があります。

そんなとき人は何か言葉にならないものを表現しようとしたりします。

「あー」や「おー」など感嘆詞がもれたり、
食い入るように顔をのぞき込む行動にでたり、
何とも言えない表情で表したり、
それぞれのパーソナリティにあった独特な表現を出します。

この女性は私が行う靴下の上げ下ろしの(物に触っている)時、苦痛の顔はされます。
でも触れる(触れ合う感覚)時に気持ちよさそうになるのは、
「自分がまだ世界と繋がっている」感覚を触覚で確認しているからなのかもしれません。
「触覚は人間の根幹を支える感性であるから」とも言える(顔)表現をしているとも言えるのではないかと理解しています。

付き添いをされている80代のご主人は
新聞を見ながらボソリと「なんでこんななったんやろ」と独り言を言われます。
同じ言葉の独り言。
原因を探してしまう思考からの独り言。
付き添いをされている男性側からよく聞く言葉です。

「なんでこんななったんやろ」
人はついつい原因に目がいきやすい生き物だけれど、
人にはやれたこと・うまくやれそうな事を探り・認めたり・膨らませたりしながら
ケアする時期は大事で、
目に見えない心に目を向け、自己治癒力を大切にする時・時期が人にはあると思います。
何を話したかではなく、話ながら時間を共有しながらで癒されていく時期もあります。

この方のお子達は皆さん地元を離れ交代でお母様の様子を観に、新幹線で行き来する生活をされているそうです。
私も転勤族の主人を持つので移動がつきもの。同じような状態です。

触➡楽
この方の話をここに残す事は、
案外家族も知らない小さなドラマがある事も知り、心の整理や共感に、
家族の新たな門出と再生そして癒しに繋がるといいな。
そんなふうに思うからです。


現段階では題名等なにも決まっていませんが
初夏から仲夏ころを目指し
「顔にまつわる話の本」を出すことになりました。
観相学は「心の動き」に遡り考えた学問でもあります。
原稿は担当者に出し今は修正待ち。
本が出来るまでの話などもここで話せればよいかなと思っています。