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女性の為の観相学・ほくろ(5)@頂光★ヒールエナジー

先日20代の女の子が
「先生つけぼくろって何をつけるんですか?」

昔はというより最初は革を赤く染め香料を染み込ませたものを使い
それを色々な大きさ・形に切って顔に張り付けたと言われています。

「書けばいいじゃない。どこに付けたいの」

「両笑窪につけたい」
「理由は?」
「かわいいから(笑)」

バロック美学が流行った頃
付けほくろをどこに付けるかが一種ファッション的だった時代。
この頃フランスでは
白い顔の上に黒い点は、白磁の花瓶に一匹のハエが留まったように見えるため
ほくろをムーシュ(ハエ)と呼びました。

婦人がつけるつけ黒子
額にあると「威厳あるムーシュ」
笑窪にあると「陽気なムーシュ」
なんて言いました。

グランドボーテ。
ほくろの言葉の意味、美しき豆粒ですよね。
ハエって愛嬌からきたんですかね。

黒子は時代によって使われ方が色々ですが、

「可愛いから」
でほくろをつけたい女の子もいれば
「取りたい」女の子もいます。

去年20代の観相学の生徒さん
「お客さん。みんな韓国にほくろ取りに行きます。値段はただみたいなもんです」

皆それぞれ
個性ですね。


今日来ていた可愛い6歳のお客様。
生まれてすぐは施術をうけるお母さんのお腹の上に乗せていました。
久しぶりに顔を見てお母さんの顔と並べると
同じような所にほくろの表れ。

シュッターマール。
ドイツ語ではほくろのこと一般に「母が残した記念物」と言いましたね。

子供にほくろ。
少ないでしょ。
でもほくろは優性遺伝すると言われています。
このことを研究されたのは日本の先生なんですよ。

でも大人になってからのほくろは遺伝とは違う意味で面白い
なぜならば、
「関心事」に伴う筋肉の動き。伴う血の動き。
そんなことで
気になる状態になったり
気にならなくなったり
精神や意志と関わる動きをしたりするからです

ちょっと無理やりだけど森鷗外の言葉の一つに
「人間生まれたままの顔をもって死ぬのは恥ずべきことである」
これは人々の顔は生まれつきのものではなく
精神の成長が
その顔に表れる事を言った言葉。

精神の成長そして主張に
ほくろって華を添える場合があるな~と
観相学を教える立場の私は思ったりします。

ほくろを取り個性が薄れ、何だか人気が落ちた女優さんもおられますね。

40代の女の子。
「先日結婚した同世代の女優さん。トレンディドラマに出ていた時は頑張っていたのに」
「本人の評価と世間の評価がここまで違う人も珍しい」

面白いこと言うなぁ~と。
「そういえばトレンディドラマに出ていた頃は、どちらか片頬の真ん中にほくろがあったね」
「意味は?」
観相学では生涯仕事。仕事にこだわる。いい仕事がしたい人と観る」
「今は何をしても名刺よりパットしないもんね」
「()」

今は美男美女が珍しくないから「魅力的に映る」に更に価値を見る。
きれいだけど魅力的に見えないのは芸能人として残念だね。

脳科学で顔をテーマに取り上げられる時は
美しいかどうかより
魅力を感じるかどうかで判断されるようですね。

個性と共存している。
知性・意志・情・生き方がわかる。
そういう顔の人に多くは魅力を見るのではないでしょうか。


「ほくろは勢いが色となる」

観相学を知ってもらった人に
「ほくろは自身のバロメーター」とし話をします。
取っても取らなくても
精神の成長と共に個性。育ててほしいなと。

「顔は明細書」

取っても取らなくてもいいんです。
でも「ほくろも持ち物」とする人を見ると
原因思考ではない「明るさ」が顔に垣間見れ、
観相学を教える側からは
その「明るさ」に嬉しい気持ちになったりします。